
七福神は、清廉・有福・威光・愛敬・人望・長寿・大量の諸徳を人々に授けられ、天下泰平・万民豊楽の発展繁栄の福の神と、広く人々に崇敬を集めてきました。七福神は「大黒天」「恵比寿」「毘沙門天」「弁財天」「福禄寿」「寿老人」「布袋」の七柱の神で、これらの神々はインドの仏や中国の星の神に由来する神もいらっしゃいます。
国際都市、みなとまち・神戸は、これらの神々を祀ることが大変似つかわしい都市です。
神戸を代表する七つの社寺には、古くから由緒ある七福神が祀られてきましたが、神戸開港120年を慶祝・記念して昭和62年に神戸七福神会が結成されました。
七福神は、七難即滅・七福即生極りなしといわれています。七福神の功徳のお力により、人生の諸々の災難を転じて福運を授かっていただきたく存じます。
山あり、海あり、街あり、牧場あり、温泉あり、の神戸の街を福を授かりながら探訪してみてはいかがでしょうか。
ロープウェイやハイキング、街歩き、と楽しみながら巡ってみて下さい。
KOBE七福神会
| 福禄寿尊 | 上野山 須磨寺 | 神戸市須磨区須磨寺町4-6-8 | 電話 078-731-0416 |
| 恵比寿神 | 長田神社 | 神戸市長田区長田町3-1-1 | 電話 078-691-0333 |
| 毘沙門天 | 湊川神社 | 神戸市中央区多聞通3-1-1 | 電話 078-371-0001 |
| 弁財天 | 生田神社 | 神戸市中央区下山手通1-2-1 | 電話 078-321-3851 |
| 大黒天 | 再度山 大龍寺 | 神戸市中央区神戸港地方再度山1-3 | 電話 078-341-3482 |
| 布袋尊 | 摩耶山 天上寺 | 神戸市灘区摩耶山町2-12 | 電話 078-861-2684 |
| 寿老人 | 有馬温泉 念仏寺 | 神戸市北区有馬町1641 | 電話 078-904-0414 |
七福神 ご紹介

福禄寿尊
人望 牧慶富智
上野山 須磨寺
山陽電車「須磨寺駅」・JR「須磨駅」

恵比寿神
福徳 商売繫盛
長田神社
各線「高速長田駅」・地下鉄「長田駅」

毘沙門天
威光 厄除開運
湊川神社 毘沙門天と楠公さん
各線「高速神戸駅」・JR「神戸駅」・地下鉄「大倉山駅」「ハーバーランド駅」

弁財天
愛敬 良縁成就
生田神社
各線三宮駅

大黒天
有福 開運招福
再度山 大龍寺
三宮駅から市バス「森林植物園行」「再度公園行」「大龍寺前」下車

布袋尊
大量 福徳円満
摩耶山 天上寺
三宮駅から市バス 18系統「摩耶ケーブル下」下車 ロープウェイ乗り換え「山上駅」下車

寿老人
寿命 不老長寿
有馬温泉 念仏寺
神戸電鉄「有馬温泉駅」
授与品紹介

宝印帳
各社寺で取り扱いの色が違います。
- 頒価
- 一冊1,200円
- 染筆宝印料
- 一社寺 500円

色紙に各社寺の宝印を集めていただくものです。既に七社寺が染筆押印済の完成した色紙もございます。額装するなどしてお飾りいただけます。
- 頒価
- 1,200円
- 染筆宝印料
- 一社寺 500円
- 完成色紙
- 5,000円

福札
表面には七福神それぞれのお姿と霊験・御利益が書かれています。七社寺集めると裏面には中西勝画伯による、宝船の絵が完成します。
- 初穂料
- 一社寺 700円
- 台
- 1800円
大楠公と毘沙門天
湊川神社の御祭神は、「大楠公」と称えられる楠木正成公です。
その御誕生には、このようなお話が伝わっております。
楠公の母君が、霊峰志貴山に日参して御本尊の毘沙門天に一心に手を合わせ「どうぞ御心あらば、よき子を授け給え」と祈りを重ねられました。そしてある日、夢の知らせを受けて身ごもり、晴れて出産の喜びを迎えられます。その嬰児こそ、後の大楠公、楠木正成公だったのです。
楠公と毘沙門天との関係を語るには、何はさておいても「太平記」に求めねばなりません。
そこには「河内国金剛山の西にこそ、楠多聞兵衛正成とて、弓矢取って名を得たる者は候ふなれ。これは敏達天皇四代の孫、井手左大臣橘諸兄公の後胤たりと云へども、民間に下って年久し。その母若かりし時、志貴の毘沙門天に百日詣でて、夢想を感じて設けたる子にて候ふとて、稚名を多聞とは申し候ふ也」とあり、後醍醐天皇が笠置の行在所で、夢のお告げにより楠公の存在を知り、早速お召しになる有名なお話です。さて、楠公の母君は、生まれたての嬰児「多聞」に、子守唄がわりに「お前はただの子ではない。志貴の毘沙門さまより授かった申し子ぞ。大きくなったら、必ず毘沙門様の御功徳にあやかってお国の為に精一杯つくすのだよ。その為に「多聞」の名まで頂戴した。その名を、くれぐれもはずかしめない様に。」と語って聞かせたといいます。
実は毘沙門天の別称が「多聞天」。その御名にあやかって「多聞」と名付けられたのです。
多聞天とは、印度の四天王のおひとりで、霊山須弥山の中腹にあって、武神像を以て守護しまつる役目をもたれるのがこの多聞天です。我が日本にあてはめれば、須弥山に相当するのが御皇室と言え、よって天皇の御守護の大役を、武人として任ずるということになります。
このような意味を込めて、母君は、それこそ体の隅々にまで染み込む程に、嬰児楠公に語り聞かせたことでしょう。多聞は、長ずるに及んで近くの観心寺に学び、成人になるまで、河内長野の毛利時親より軍学を修められます。後醍醐天皇のお召しに応じ赤坂・千早に菊水の旗をなびかせられてより、ここ湊川の合戦で、遂に一族郎党「七生滅賊」を誓って見事に殉節されるまでの、すばらしい忠臣ぶり、微動だにしない忠に生き義に死する精神は、まさに毘沙門天の御加護を一心に受けられ、まさに「申し子」たる御活躍であります。
従って、当神社・毘沙門天に限れば、ただ御利益に預かりたい、福を授かりたいだけの自分本位のお願いではなく、むしろ毘沙門天の申し子たる楠公さんにあやかりたい。世の為お国の為にお尽くしさせて頂きたい。そのためには何よりも心身健全、家門生業ゆるぎなく、しっかりお守り頂きたい。と、この様な気持ちをこそ、毘沙門天・大楠公が何よりも愛でられ、そして願いを御嘉納遊ばされて、どこまでもお助け下さる事と思います。毘沙門天の化身とまで仰ぐ楠公さんにあやかるよう日々つとめれば、厄除安泰のもと、個々人の仕合せ、幸運に恵まれることと言えましょう。